『海原』No.82(2026/10/1発行)誌面より
第8回 海原新人賞
【受賞者】
和緒玲子
【選考経緯】
『海原』2025年9月号(71号)~2026年7・8月合併号(80号)に発表された「海原集作品」を対象に、選考委員が1位から5位までの順位を付して、5人を選出した。
得点の配分は、1位・5点、以下4・3・2・1点とした。集計の結果、下表のとおり、和緒玲子への授賞を決定した。

【受賞作品抄】
復習ふ 和緒玲子
草の芽のふくらふくらと刺繍糸
しやぼん玉吹く日曜はパジャマの日
歳時記の春のページに開き癖
抽斗に母の剃刀ヒヤシンス
薫風や今日は鳥語を復習ふ日に
六月の水筒歩くたびに波
蕊切つて百合つまらなくなりにけり
かなぶんの濁音に真夜砕けたる
木乃伊展出でてサイダー飲み干しぬ
朝の陽だまりうっとりと蛾の屍
定型の詫び状栗が爆ぜてゐる
膵臓の匂ひの夜明け黄落期
黄落や帽子目深に告解室
紅葉かつ散るや瘡蓋もり上がる
セーターに毛玉ぽこぽこ胎動来
横顔へ性善説を説く焚火
雪しまき回し車をハムスター
葱洗ふ指の先から人老いて
春寒し蝋の匂ひのあばら骨
思い出したような突風青鮫忌
【候補作品抄】
穴ほどの黙 木村寛伸
うすらひやドーナツの穴ほどの黙
春の闇いつも踊れぬままにゐる
愛の誤差花の闇よりこぼれけり
初老とは黴の沈黙着てをりぬ
紫陽花にまぎれてひとり欠勤す
風死せりわたしは上手く笑えない
八月ノ椅子ノ向キダケ変へテヲク
きのふまで家族だつたと木の実落つ
句またがり老いの夜長を踏み外す
時雨るるや職質受くる縄文人
影がゆく 北川コト
籐椅子は髑髏のやうに風の庭
星を指しせんせい敗戦日だと言う
追ってくる影に差しだす秋日傘
つゆくさや道草して来たやうな眸
母逝きて月影をただ聴くばかり
一粒の私小説めくマスカット
いちにちを傍らに置き毛糸玉
セーターの僕を脱ぐとか脱がぬとか
てんごくの姉女雛の目のみずうみ
うすらいの一重瞼の重さほど
問う 宙のふう
三月のしゃぼん玉飛べ おかあさん
春の月拗ねて貧しき肩の上
ほたる草ほどの傷みや絵の具溶く
青蜥蜴己自身のプロデュース
ででむしや棲むとはゆるりと息すること
はたた神わたしを攫ってくれまいか
いい夜だね亡夫満月の裏側に
てにをはに弄ばれて茨の実
シュレッダー秋思の紙の匂いけり
室咲きに問う魔性なるその履歴
おまえレベルの 松﨑あきら
エゾタンポポ煩雑なのは愛の性
ドンガイ繁って秘密が忍び寄る
青葉の道真っ直ぐばかりという試練
夏草のゲレンデ素顔の方がいいね
新しい切株はのんびりと雪が包む
おまえレベルの正義ずんずん雪
寒戻るなどと言ってる春の靴
春のスーツが行く月曜日の犯行
寄生し喰い尽くすものに新年度
旧友来る蝦夷山桜の体温
【海原新人賞選考感想】
■大西健司
①和緒玲子 ②宙のふう ③松﨑あきら ④向井麻代 ⑤小野地香
奇しくも昨年と上位三人は同じである。この一年のたゆまぬ努力に敬意を表したい。なかでも和緒玲子の一筋縄でいかない、そんな一句一句を評価したい。
朝の陽だまりうっとりと蛾の屍
炒り蒟蒻さびしく鳴りぬ夕薄暑
膵臓の匂ひの夜明け黄落期
〈宙のふう〉
ででむしや棲むとはゆるりと息すること
はたた神わたしを攫ってくれまいか
年齢を重ねることによる自在さや浮遊感のようなもの。そして衰えぬ美学、継
続の尊さよ。
〈松﨑あきら〉
旧友来る蝦夷山桜の体温
お別れは微笑リラ冷えの街だもの
甘く切ない、北国の人の叙情に惹かれる。
〈向井麻代〉
サンダルの足の巻き爪赤く塗る
ボブヘアの揃った毛先風光る
〈小野地香〉
吹き抜けにぽつねんと海夏初め
青鬼灯遠くで誰か呼んでゐる
つづく作者は路志田美子、佐竹佐介、神谷邦男、有栖川蘭子など紙一重。とにかく継続を。
■こしのゆみこ
①北川コト ②和緒玲子 ③宙のふう ④木村寛伸 ⑤松岡早苗
今回は大胆な措辞に唸った北川コトを一位に押す。
死を思ふ浴衣の藍をまとふとき
籐椅子は髑髏のやうに風の庭
恋をして西瓜の天辺にゐます
椎の実降るまなこのような無人駅
てんごくの姉女雛の目のみずうみ
籐椅子が髑髏のようだなんて、籐椅子の写真を何枚も検索してみて、なるほど、さもありなんと納得。髑髏の籐椅子が向き合って並んでいる庭のなんとシュールなことか。
一位と逡巡した叙情豊かな二位和緒玲子。
流星や腥き手を繋ぎあふ
梨を食む部屋にさざなみ立てながら
春寒し蝋の匂ひのあばら骨
三位は独特の傷みの表現の宙のふう。
輸血受くまっかなまっかな薔薇の中
ほたる草ほどの傷みや絵の具溶く
四位は俯瞰するような視線の木村寛伸。
八月ノ椅子ノ向キダケ変ヘテヲク
五位は一月号巻頭の句に惹かれた松岡早苗。
鷹渡る故郷に今もオレの部屋
続く佐竹佐介、工藤篁子、中尾よしこ、神谷邦男、松﨑あきら、遠藤路子、上田輝子、有栖川蘭子等に注目。自分を信じ、自分を楽しむ俳句を!
■佐孝石画
①木村寛伸 ②和緒玲子 ③伊藤治美 ④井出ひとみ ⑤北川コト
対象号(昨年の9月号から本年の7・8月号まで)の全投稿作品から佳句(74句)を選出し、選んだ句数の多い作者(最高9点)ごとに句を吟味し、最終選考した。それぞれ、評よりも実作を見ていただくことで、その充実ぶりは一目瞭然と思い、五位までの作品をここに示させていただく。
一位に木村寛伸を推す(9点)。
麦の秋ごつんごつんと廃炉かな
きのふまで家族だつたと木の実落つ
寒月の角度ひとつが捕食性
触れられず君の断片冬の虹
贋作のひとひら落ちぬ冬薔薇
裸木の立つほかなくて狂気めく
いのちとは一人で受くる初日の出
うすらひやドーナツの穴ほどの黙
笑ふには理由要るらし春の昼
二位に和緒玲子(7点)。
歳時記の春のページに開き癖
薫風や今日は鳥語を復習ふ日に
梨を食む部屋にさざなみ立てながら
定型の詫び状栗が爆ぜてゐる
遮断機が上がる綿虫泣いてゐる
悼むとは雪虫ひとつ留むる肩
抽斗に母の剃刀ヒヤシンス
三位に伊藤治美(5点)。
夕闇に何か言いたげチューリップ
ただ前へ進むため冬の自転車
感情ひとつ残して瞑る寒夜かな
聞き役になる冬晴れのひかりになる
相槌のように春キャベツひとつ
四位に井出ひとみ(5点)。
不用意に眼光りてみどりの日
古本の折り目の内に沈む冬
戸惑いを捨てて見上げる冬の月
菜の花やあたしあたしと言わず咲く
母という毒にも似たり春苺
五位に北川コト(4点)。
身体に飼ふ鬱の心音麦の秋
椎の実降るまなこのような無人駅
追ってくる影に差しだす秋日傘
セーターの僕を脱ぐとか脱がぬとか
続いて上田輝子(4)、上野絵里(3)、有栖川蘭子(3)、香月諾子(3)、松本美智子(3)、植松まめ(2)、松岡早苗(2)、遠藤路子(2)、中尾よしこ(2)、峰尾大介(2)、松崎あきら(2)に注目した。
■白石司子
①北川コト ②和緒玲子 ③木村寛伸 ④松﨑あきら ⑤佐竹佐介
今回は北川コトを一位に推す。
立読みのちひさな会話菜種梅雨
友の逝き葉ざくらの音するやうな
一粒の私小説めくマスカット
てんごくの姉女雛の目のみずうみ
うすごおり「 」から出られない
の意欲的で、しなやかな感受。
二位和緒玲子の
自分史に薔薇とラムネと一行詩
の取り合せの妙と
膵臓の匂ひの夜明け黄落期
の感性の冴え。
三位木村寛伸の
八月ノ椅子ノ向キダケ変ヘテヲク
の所謂社会性俳句と
漬物石ずぶとく沈む冬至かな
の「漬物石」が象徴する安定感。
そして四位の松﨑あきらの
旧友来る蝦夷山桜の体温
などの骨太俳句。
五位の佐竹佐介の
去年今年パラパラマンガ人走る
の虚子の「去年今年」とは異なる新鮮さ。
今年度も選考させていただくことで自身の句を振り返るよい機会となった。
■高木一惠
①和緒玲子 ②松﨑あきら ③佐竹佐介 ④木村寛伸 ⑤工藤篁子
和緒玲子作品。
薫風や今日は鳥語を復習ふ日に
蕊切つて百合つまらなくなりにけり
朝の陽だまりうっとりと蛾の屍
苔に花こんなに集つてゐて密か
以上4句紹介。力まぬ自然体ながら、観察眼は鋭い。
おまえレベルの正義ずんずん雪 松﨑あきら
青葉の道真っ直ぐばかりという試練 〃
松﨑あきら作品は英語俳句の小野裕三訳句を彷彿させる詠みぶり。
札幌三月生まれ変った空だ
千葉句会時代の風貌も変わったかしら…。
以下、候補者各二句紹介。
吾も又遺品のひとつ夏の月 佐竹佐介
引鶴や生き存へて流人めく 〃
麦の秋ごつんごつんと廃炉かな 木村寛伸
時雨るるや職質受くる縄文人 〃
天地のととのひてゆく植田かな 工藤篁子
巨樹とわれ裸木なれば対で立つ 〃
北川コトさん、「好作」全号掲載はお見事。以下、遠藤路子、小野地香、有栖川蘭子、井手ひとみ、上田輝子、小林文子、島村典子、宙のふう、中尾よしこ、福田博之、藤玲人、松岡早苗、松本直子、峰尾大介、向井麻代、向田久美子、路志田美子ほかの皆さん、次回も新鮮な作品をお待ちします。
■月野ぽぽな
①和緒玲子 ②島村典子 ③工藤篁子 ④宙のふう ⑤佐竹佐介
和緒玲子〈木乃伊展出でてサイダー飲み干しぬ〉に見る感性の純度の高さ、島村典子〈運針の仕舞い玉止め柳の芽〉に見る独自の感性を大事にする姿勢、工藤篁子〈田草取声を出さねば草となる〉に見る純粋衝動、宙のふう〈シュレッダー秋思の紙の匂いけり〉が描く現代人の哀感、佐竹佐介〈鍵盤を猛る十指や雪解川〉が生む躍動感に注目した。
その他、向田久美子〈文通の生傷ありて花は葉に〉、有栖川蘭子〈ざわざわと人間である朝寝する〉、北川コト〈つゆくさや道草して来たやうな眸〉、井出ひとみ〈ミーティングシイタケシメジツキヨタケ〉、路志田美子〈饐飯に謝る吾や日本人〉、神谷邦男〈アネモネや床屋の椅子の眠くなる〉
さらに、向井麻代〈眼科医の碧きペディキュア走り梅雨〉、松﨑あきら〈旧友来る蝦夷山桜の体温〉、上田輝子〈マフラーに君をざつくり編み込んで〉、中尾よしこ〈鳴りやまぬ耳と居て部屋じゅう月夜〉、松本美智子〈擦りむいて泣く子に笑う油蝉〉、塩野正春〈リハビリは四の字固めか花茨〉、小野地香〈月のぼる息止まるほど山近し〉、木村寛伸〈紫陽花にまぎれてひとり欠勤す〉、小林文子〈ガサの子の涙で月は満ちている〉にも期待する。
自分の感性を信じて次の一句を。
■遠山郁好
①遠藤路子 ②木村寛伸 ③和緒玲子 ④宙のふう ⑤松﨑あきら
遠藤路子〈孤独ほど乾いておらず二月来る〉〈風鈴ふっと揺れ押し黙るものかげ〉〈蝉しぐれ深呼吸して息止めるとき〉あくまで個に拘り、それを追い求めたところから生まれる繊細で誠実な作者の内面が、形に囚われず新鮮に表現されている。
木村寛伸〈紫陽花にまぎれてひとり欠勤す〉〈うすらひやドーナツの穴ほどの黙〉〈風死せりわたしは上手く笑えない〉紫陽花やドーナツなど、ごく日常的な物を通して、現代社会を生きる人の複雑な心理を鋭く提示した。
和緒玲子〈横顔へ性善説を説く焚火〉〈炒り蒟蒻さびしく鳴りぬ夕薄暑〉しみじみとよく出来ており、安定感は抜群。共感する部分も多い。
宙のふう〈ほたる草ほどの傷みや絵の具溶く〉自在に、しなやかに生と向き合っている作者に惹かれる。
松﨑あきら〈旧友来る蝦夷山桜の体温〉風土に執し、それを書き通しているところが見事です。
その他にも有栖川蘭子、松岡早苗、路志田美子、中村きみどり、小野地香、花舎薫、向井麻代、三島裕女、北川コト、峰尾大介、亀田りんりんの方々に注目した。
■中村晋
①和緒玲子 ②佐竹佐介 ③木村寛伸 ④有栖川蘭子 ⑤北川コト
和緒玲子〈苔に花こんなに集つてゐて密か〉句の上手さは見事。その上手さに加え、「ふたりごころ」も描き出せるようになってきた。〈セーターに毛玉ぽこぽこ胎動来〉。今後の展開にさらに注目したい。
佐竹佐介〈生まれざる兄弟へ買う葡萄かな〉〈沖縄忌黒髪絡む紅い櫛〉日常の感覚をもとに人間の内面や社会の問題へと句の捉える範囲が広がってきた。さらなる展開に期待。
木村寛伸〈紫陽花にまぎれてひとり欠勤す〉〈八月ノ椅子ノ向キダケ変ヘテヲク〉表現に常に意識的で、表現の違いから生まれる微妙な変化に敏感な作家。次はどんな手で来るか、期待とともに読ませてもらった。
有栖川蘭子〈ざわざわと人間である朝寝する〉ストレートでおおらかな韻律感と風土の匂い。巧まざるユーモアが魅力的。
北川コト〈ユトリロのだあれもいない雪催ひ〉俳諧精神をしっかり残しながら、深みのある句。独自の句境を目指す姿勢に共感。
その他、宙のふう、小林文子、松岡早苗、工藤篁子にも注目。リストアップ総数は40名近く。熾烈な争いですが頑張って!
■宮崎斗士
①北川コト ②和緒玲子 ③木村寛伸 ④有栖川蘭子 ⑤遠藤路子
セーターの僕を脱ぐとか脱がぬとか 北川コト
木乃伊展出でてサイダー飲み干しぬ 和緒玲子
八月ノ椅子ノ向キダケ変ヘテヲク 木村寛伸
扇風機カチリと止まり老いの顔 有栖川蘭子
見えぬ月みあげて迷子の犬のよう 遠藤路子
一年間の「後追い好句拝読」「海原集選句」の結果に基づいて(加えて「海原」73号・74号の海原集作品を吟味の上)、五名の方々を挙げさせていただいた。これに続く方々として、
命日や冬の蛾となり父帰る 井手ひとみ
孫帰り玩具ぽつんと花水木 上野恵理
鍵盤を猛る十指や雪解川 佐竹佐介
蛇穴を出て宝くじ買ってみる 島村典子
八月の海を見ている喉仏 松岡早苗
饐飯に謝る吾や日本人 路志田美子
ほかにも、石口光子、上田輝子、岡田ミツヒロ、小野地香、梶原敏子、神谷邦男、亀田りんりん、小林文子、末澤等、宙のふう、藤玲人、中尾よしこ、中村きみどり、福田博之、峰尾大介、向井麻代、向田久美子……と書き切れない。
佳句の取りこぼしが無いように、今後とも誠心をもって海原集選者を務めさせていただきます。引き続きどうぞよろしくお願い申し上げます。
※「海原新人賞」これまでの受賞者
【第1回】(2019年)
三枝みずほ/望月士郎
【第2回】(2020年)
小松敦/たけなか華那
【第3回】(2021年)
木村リュウジ
【第4回】(2022年)
大池桜子
【第5回】(2023年)
渡辺のり子/立川瑠璃
【第6回】(2024年)
福岡日向子/立川真理
【第7回】(2025年)
小林育子

